いっぽいっぽ日記

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日々シンプルに心地よく過ごすために、やってみたこと、思ったこと。

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相手のためにではなく、自分がやりたいから、やる

【公開時、改行が消えていたので、再編集しました】

こんにちは。

やまたろうです。

今日会社の備品(コピー用紙)が所定の位置にありませんでした。
最後に使った人が倉庫から補充するのが当たり前なんでしょうけど、
たまにこういうことがあります。

こういうことって、日常生活で意外と多い気がします。

自分は、麦茶が残り少なかったから、全部ついで次の麦茶を作って冷やしておいた。

他の人は、残り少なくなっているから、ちょこっとだけついで、ちょこっとだけ残している

自分は、納品が大変そうだから、その雑務を手伝う

他の人は、私が納品でテンパってても特に気にしない

などなど・・・
「いっつも私だけやってるんだよね」と会社の方が愚痴をこぼしていました。
主婦やお母さんしてる人も、なんだか自分がやるのが当たり前になっていたり。
相手のために、良かれと思ってやっているんだけど、なんだかもやもやしてしまう・・・
そんなことってありませんか。

私も学生の頃から、なぜかそういう場面に出くわすのが多くて。
学級委員なんかも、誰もなりたがらなくて話し合いが終わらないから、耐えられなくて立候補したり。
体育で使った道具やマットを最後まで片づけていたり。
掃除ではだれもやらないからいつも雑巾がけ係だったり。
日直さんがわすれているから、黒板を消したり。
「なんでわたしばっかり!」ってよく思っていました。
そのせいで機嫌が悪くなったり。
まわりからしてみればいい迷惑です。
だって、誰からも頼まれたわけではないのに、
勝手にやって、勝手に不機嫌になるんですから…
そのくせ、何気なしに手伝ったことや、軽い気持ちであげたプレゼントに対して、
めちゃくちゃ感謝されたり、逆にお返しをもらったりすると、
それはそれで居心地悪くなって、
「なんだか私、嫌々手伝ってる・見返りを求めてるって思われたかな…そんなことないのに。
ほんとに純粋に手伝った(その人にあげたかった)からそうしただけなのに…」
なんて思ってしまう、なんか厄介な性格でした。

でも、いろいろな本を読んだり、人を観察したり、経験をしたりして、
心にすっと入ってくるような、あ、これ楽な考え方だ、って感じた結論があります。

「相手のためにではなく、自分がやりたいから、やる」

ああそっか、単純だったんだ。
もうこれで、誰かに勝手にイライラしたり、
助けることに遠慮したり、
「誰かがやるだろう」と何となく後ろめたくなったりしなくていいんだと。

誰かと自分を比べるのではなく、
評価や期待を誰かにゆだねるでもない、
動機と結果は、常に自分の中にある。

この考え方をはっきり認識してから、心が楽になりました。

会社の備品が切れていて、補充するのは次の人が困らないように「自分が気持ち悪いからやる」。
団地の集まりで、終了と同時に我先にと帰っていく人たちを横目に見ながら、
使用した机といすを片づけるのは、「自分が後の誰かに押し付けたくないからやる」。
(でも私は気が利かないので、きっと自分がやったこと以上に、他の誰かにやってもらってる、 というのも肝に銘じつつ…)

わたしは、自分の考えに鈍くて、何がほしいか、何がしたいか考えることが本当に苦手です。
でも、「誰かに何かをする」この行為は「自分がやりたかったから」だとはっきりわかります。
うまく言葉にできませんが、世の中には、見て見ぬふりができないから苦しんでいる人が多くいるなーって感じるので、
そんな人に、何となくでも試していただければと思います。

「子供のため」?
「夫のため」?
「次に使う人のため」?
「世の中のため」?
いいえ、その行為は、最終的に、
「自分がやりたいから、やっている」ってことです。

そんなお話でした!