いっぽいっぽ日記

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日々シンプルに心地よく過ごすために、やってみたこと、思ったこと。

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貧弱なラインを愛する

体の線のことである。

私は20代後半から30代前半まで、とても太っていた。
これではいけないと思っていた矢先に、旦那さんが糖尿病であることがわかり、一緒に本格的に糖質制限を始めた。
体重は順調に減り、数年をかけて、先日、標準になった。
糖質制限はあくまで「適正体重」になる術だ。
痩せすぎの人は太く、太った人は痩せることができる、正しく行えば。
だから、自分の適正体重以上に増えることも減ることもない。

だから私は決して痩せてガリガリになったというわけではなく、むしろ太ももは長年の姿勢の歪みにより硬く太い肉がついたままだし、掃除や家事をめったにせず子供を抱き上げることもない二の腕はだらしなくぶよぶよしたままだ。

全体的にぽったりしているにもかかわらず、私は自分の体、特に背中・おなか・お尻のラインにどうしようもなく「貧弱」なイメージを持つ。

おそらく、筋肉が少なくなってしまったからだと思う。
もともと私は典型的な日本人女性の体型、着物が似合う体型、すなわち小胸・鳩胸で腰とお尻の位置が低くでっぱりがない。
それが、糖質制限で健康的に痩せてきていたときは気が付かなかったのだが、ここ数か月のストレスであまりよくない痩せ方をして、筋肉がなくなって、より顕著になった。
のっぺりに拍車がかかってしまった。

それが、最近結構いとおしい。
お腹にはまだまだ脂肪がついているのに、横から見ると(二の腕との対比も相まって)そうとう薄っぺらい。
胸の高さも低いし、お尻のカーブも緩く下向き。
老いも手伝って、なんともわびしく、貧弱だ。
でもそのなんとも平坦なラインをとても「いいな」と思う。

なんでかはわからない。
お世辞にもイキイキしているとは言えないし美しくはない。
でもいとおしい。

そういえば最強にメンタルやられていた時の自分の顔がすごくいいと感じたときもあった。
確かツイッターでもそういったことをつぶやいた。
会社のトイレの鏡にうつった自分の目の生気の無さよ。
眉毛がぼやっとしていて目の下にクマができていて、ビューラーをやめたのでまつげは下向き。
もともと私のすべてのパーツは、小さく丸い。
アイラインもビューラーも使わず、口紅も引かない私の顔はもう本当にすべてのパーツが小さい。
それでもなんだか、いいなと思った。

自分を憐れんでいるのだろう。
気持ち悪い感情だと思う。
だけどくたびれたこのラインを、好きだと思った。

私は背が小さい年配の方の着物姿が好きだ。
さらに、着物からのぞく首筋や足首や手首がやせ細っている人の着物姿が好きだ。
体のラインに反して、とてつもないパワーを感じる。静かなパワー。
醸し出す大物感?とにかくこの小さなご婦人には今まで積み重ねてきた様々な物語や感情があるのかもしれないと、私に思わせる。
それにあこがれていたのかもしれない。
今の私の細くはないけど貧弱なラインが、小さい着物のご婦人に少しでも近くなったかもしれないと想像して、うれしいのかもしれない。
でもそれはあくまで外側のラインののっぺりしているさまがなんか似ている、というだけで、本質的には全然違うのだろう。
気力がないのを受け入れている。
精神が浮上しないのを許している。
何かに打ち込みたいけど打ち込めるものが自分には何もない。
それは私の状態が0以下になっているからかもしれないし、ずっとそういう性質なのかもしれない。
とにかく今は自分ののっぺりとした貧弱な印象が好きだ。
いつかその感情が全く理解できなくなった未来の自分が、この文章を読むのを想像するとなんだか面白い。
逆に、このままのっぺりと歳を重ねた後の自分がこの文章を読んでいるのを想像しても、なんだか薄気味悪くて面白い。 未来のことはなんにもわからない。
その時自分が何を愛しているかなんてわからない。