いっぽいっぽ日記

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日々シンプルに心地よく過ごすために、やってみたこと、思ったこと。

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顔のコンプレックスについて

私は自分の顔に、大きなコンプレックスが3つある。

気になる順に、歯並び、反対咬合、そして前髪につむじ(生えグセ?)があること。

全て、まだ認めきれない、気にしてしまうところである。

でも近頃は、前ほど気にならなくなってきた。
コンプレックスの元が、前よりマシになってきたからではない。どのコンプレックス箇所も何も変わっていない。

コンプレックスを気にしている時間が無駄だと思えるようになってきたからだ。

まず3つの中で気になる第3位・前髪の生えグセ。
生きてきて何度か前髪を作るたびに、生えグセ+剛毛のせいで前髪が剣山のように、スネ夫のように、浮いてしまうことと戦ってきた。
近頃はあきらめて、前髪を作っていない。
私は前髪の左側につむじのような生えグセがあり、前髪を伸ばして、きつく結んでいても、その部分だけ細く短い毛が「もはぁ」ってなっている。
春のタンポポが芽吹くようだ。タンポポだとよかったのに。タンポポっていうより万能ねぎ。(万能ねぎって博多の品種なんですね。細ネギのことです)
40代に近づくにつれて、前髪無のひっつめ髪だとすごい老け顔に見えるので、前髪作成への誘惑がすごい。
ただ、剣山やスネ夫になるので、めちゃくちゃ悩んでいる。
長めに切って毎日地道にセットする、という手もあるが、今からどんどん暑い季節になる。いくら完璧にセットしても、夏の汗で一瞬でスネ夫だもんな。
前髪パーマを試したけれど、剛毛なのでパーマもすぐに取れていた。
残るは前髪デジパか…前髪にデジパなんてかけられるのか??
いい案をお持ちの方は教えてください。

気になる第2位は反対咬合。
上あごより下あごが出ている。
横顔が好きになれない。

気になる第1位は、歯並び。
私は上の歯並びが悪い。
同じ場所に2本生えていたりする、前後に。
もちろん両八重歯。

反対咬合と歯並びが気になって、小さいときから笑うことが苦手になった。
歯を見せると嫌われると思っていた。
思春期に、同級生の男子から、「歯、すごいね」と言われた。
その時から、微笑むことはできても、笑うことがあまりできなくなった。
たまに笑うときも、手を口に当てることがクセになってしまった。
その男の子は、本当に軽い気持ちで言ったんだと思う。
でも、アラフォーになった今でも、「歯、すごいね」といったその子の顔、声、場所をはっきりと覚えている。
実に根深い。

これらのコンプレックスについて、もう悩むのはやめにした。
前述のとおり、「時間の無駄だ」と感じるからだ。
ここで注意したいのは、「私にとっては、悩むことが時間の無駄だ」ということ。
コンプレックスというのは、本人にとってはとてもとても大きな問題で、安易に「そんなこと気にしない方がいいよ」なんて言えることじゃない。
ってことを、身にしみて感じている。
「悩むのやめよう」って思うまで、私自身何十年もかかっているし、「悩むのやめよう」って決めてすぐに100%平気になるわけじゃない。
だから、誰かの悩む気持ちを変えようとは思わない。

なんで時間の無駄だって思うかというと、最近何度も書いているように、人生のどん底を体験して、「コンプレックスに悩んでることが馬鹿らしく思えたから」だ。
コンプレックスの相対的な重さが変わった。大したことないと思えるようになった。
悩んでいる時間がもったいないと思うようになった。

私は今、色々な人と接してみたい。
でもコンプレックスに悩んでいると、一歩が踏み出せないのだ。 様々なことを経験した結果、今、私は「コンプレックスに悩む気持ち」<「人に会いたい、新しいことをやりたい気持ち」の状態になっている。
だから、自分の顔面について悩むことをやめようと思った。

最後の一押しは、単純に自分の気持ちが大幅に変わったからなのだが、今から10年以上前に、「コンプレックスを気にしているの、損かも」と感じたエピソードがある。
その当時、私は派遣社員として働いていた。
詳しい経緯は忘れてしまったが、偶然、派遣会社が私の経歴などをまとめた書類(おそらく客先にセールスする材料)を目にしたことがあった。
そこには、要約すると「見た目はパッとしませんが、笑顔に大変愛嬌があり笑うと親しみやすく云々」と書かれていたのだ。
当時は「見た目はパッとしないって、おい」と驚いただけだったけど、大事なのはその続きだったのだ。
どうやら私の笑顔は人を不快にさせることはないらしい。むしろ笑顔出してこ、ってことだったのだ。
ちなみにこの派遣会社は今はもうない。こういうことを書くような会社だからだろう、そしてそれを不用意に置きっぱなしにするような会社だからだろうと勝手に思っている。

また、大人になるにつれ、実はこのコンプレックスによって、「本当に嫌な体験をする」ことがなくなったことも、「気にするのは損で時間の無駄だ」と思いいたった大きな要因だ。
コンプレックスによって自分を辛くさせていたのは紛れもなく自分自身だ。
だいたい、見た目容姿のことでとやかくいう小さい人間なんて、私の周りにはもういないのだ。
私の選んだ人間関係には皆無だ。だとしたら本当に、悩むのは時間の無駄で、自分の周りにいる人をいっぱいの笑顔で少しでも幸せにする方がいいじゃないか。
そう思うと、旦那さんには感謝してもしきれない。若いころ、まだまだコンプレックスの塊で、それゆえに楽しいそぶりも笑顔も満足にできなかった私と付き合ってくれたのだ。私は今は彼を支えているという自負があるが、彼も私を人生をかけて支えてくれている。私が、狭いけれども、自分の抱えきれるだけの生活や人間関係を愛をもって続けることができるのは、まぎれもなく彼との関わりのおかげである。
彼が選んだ私が、自分の顔面の仕様でくよくよしてたんじゃ彼にも失礼ではないか。

さあ春が来た。
外に出よう。人生を楽しもう。
悩んでいる暇はない。