こんにちは。
やまたろうです。
本日は女子サッカーの決勝戦だそうで、
それまで全く興味のなかった私も、
何となく気になってしまいます。
少し前ですが、食器やホットプレート、ミキサーなど、
台所用品を一気に捨てました。
その夜は珍しく、旦那さんが家にいなかったので、
一人で熟慮して、普段開けないトビラなどもあけて、
ごっそり不燃ごみに出すことができました。
私、旦那さんがいるときに、ゴミ出しとか片づけできないんです。
なんででしょう?改めて考えてみました…
それは、以下のように考えているからです。
・未使用のものを捨てるところを見られるのが怖い
・まだ使えるのに、といわれるのが怖い
・ごちゃごちゃの収納を見られるのが怖い
・「いっぱい捨ててる」のを見られるのが怖い
・手伝わせるのが申し訳ない、というか「よくここまで放置したな」と思われそうで怖い
どんだけ恐怖を感じてるんだって話ですね。
あ、旦那さんは亭主関白とかそんなんではないです。
むしろたいがい許してくれます。
やりたいようにやらせてくれます。
やさしいです。
むしろ私が片づけと掃除ができないので、やってくれます。私より早くてうまいです。
この「恐怖」については、また別の機会にゆっくり考えてみたいと思います。
とまあ、そんな感じで、私は一人になると俄然やるタイプです。
この台所断捨離デー(というほど徹底的ではないが)当日は、色々悩んだし、
特に食器は、一つ一つは小さいし、未使用新品のものもあるし、万が一使う機会があるかもしれないし…
とか本当にじっくり考えました。
それに、何かの機会に、旦那さんに「あれはどこにあるの?」と聞かれたらどうしよう、と思ったんです。
未来への恐怖が、一番でした。
でも、それでも、自分できちんと「捨てる理由」を一つ一つ考えて、納得して選びました。
きっと将来使うことはないし、なくても代用できると思うものを捨てました。
【無いと困るという不安<手放すことで今得られる「楽」と「スペース」】
この考えが、最後の一押しでした。
あれから2か月ほどたちますが、今日この記事を書くまで、1回も困っていません。
日常で、捨てたものを思い出すことは1回もありません。
断捨離やこんまり流お片付けを実践されている方にとっては、当然の結果だと思います。
わたしも頭ではわかっていました。
でも、やっぱり実際に体験すると、自分の中にすとんと落ちてくる感じがあります。
私の体験は小さないっぽに過ぎないと思います。
(実際、空いたスペースには季節で使用しないものを収納し、空きスペースはあっという間になくなりました)
でも、こんな小さな実体験を繰り返して、物を捨てる時に感じる恐怖がなくなるのだと思います。
二人暮らしなので、すべての物を私の基準で捨てるわけにはいきません。
どうしても捨てられないものもあると思います。
もともと、私個人の持ち物はそんなに多くないと思います。
だから、見た目もあまり変わらないかもしれません。
それでも、まずは私個人の物をじっくり考え選択することで、自分の望む状態を把握し、それに向かって
進んでいけるように、楽しくやってみたいと思います。
ちなみに、台所は、ほぼ私が使用するものなので、判断がつけやすいです。
明らかにいらないものが、冷蔵庫に入っているし…
また、一人の時間を見つけて、次は冷蔵庫の中を、今、必要なものだけにします!
きっと、捨ててしまえば困ることはないと思います。
捨てたら、また記録したいと思います。
小さくても「捨てても怖くないよ」という体験を重ねて、自分の選択に自信を持ちたいな、というお話でした。