いっぽいっぽ日記

いっぽいっぽ日記

日々シンプルに心地よく過ごすために、やってみたこと、思ったこと。

自分のことを考えるのが苦手な理由

私、自分のことを考えるのがものすごく苦手で。
理由はいくつか思い当たることがあります。

・反抗期がなかった
「自分とは?」って、思春期に思い悩むテーマだと思っていて、自己を確立するには重要な時期で、自分について悩みもがくからこそやってくるだろう「反抗期」。
私には反抗期がありませんでした。まあ、あとから聞いたらまったくないわけではなかったみたいだけど。
あ、ここで小話。「あとから聞いたらまったくないわけではなかったみたい」っていうのは。私の高校、保護者会があったんですけど、クラスごとに。で、会の最後に先生から「何か気になることなどはありますか?」って保護者に意見をもとめるらしいんです。私の父(父が参加するって珍しいですよね)が「はい!!」って手を挙げたらしくて。何事かとみんなが驚く前で、父は「最近娘(私)が、自分を部屋に入れてくれない。ドアを開けてもほんのちょっとだけなんです。なんででしょうか」って、言ったらしいんです…それを次の日、保護者→クラスメート経由で聞いた時の私の気持ち想像できますか。最悪でした。そんな質問をする父のなんというか、色々な常識の無さというか、プライベートを暴露することとか、頭くらくらしましたね…恥ずかしさで死にそうでした。ちなみにそれに対しての担任の答え「えっと…でもやまたろうさんは成績がいいので問題ないと思います。」って担任の答えも答えだな!クラスメートは笑っていた。きっとその場の保護者はびっくりしたでしょうね。私は物心ついて、父とうまくいったためしが一度もありません。
閑話休題
私の兄弟、思い返せばあまり目立った反抗期は無かったように思いますね。
反抗期の来にくい家庭状況だったのでしょう。
年を取るにつれ、これがかなり大きな原因ではないかと思うようになりました。
自分と密接なかかわりのある両親と本音で話し合ったりぶつかったりしてこなかったので、自分自身の感覚や考えにも鈍感になったのかなと。

・「正しい」「正しくない」の価値観で育った
田舎で家長制度の色濃い家庭だったので、父の言うことが絶対でした。
そのすべては父にとっての「正しいか」「えらいか」「すごいか」で決まる価値観でした。
それ以外の価値は認められませんでした。
私は無意識に、その価値観で判断することが当たり前になっていて、自分の本当にやりたいことが「正しくない」とされた場合、「初めからそんなことは思っていなかった」と、自分の感情を塗り替えることに終始してきたんだと思います。だから、自分の本当の気持ちが分からなくなってしまいました。ほんとは、当時おしゃれだって恋だってすごくしたかったんだと思う。でも家ではそれは「正しくない」ことだから、「そんなこと望んでませんよ」っていう顔をしてたし、恋とオシャレを楽しむ女の子を、実はすごく憎んでいたんだと思う。今ならわかるんですけどね。すごくうらやましかっただけなんだって。
yamayamaring.hatenablog.jp
先日のこの記事にもつながる話で、完璧にできないんだったらやらない、みたいな思考も、こういう環境だったら出てきちゃうかもね~なんて思います。いい大人になって家庭環境のせいにしてて恥ずかしい!でも、ここからここから。

・自己理解の仕方が分からない
自分の日々を観察したり、何か起こったときの心の動き、何が好きで何が嫌い、みたいなことを改めて認識していくことが自己理解につながるのかな、と思っています。
でも私の場合、思考がころころ変わるというか、「思考の上塗り」を無意識にしていることが多い気がします。
何かのイベントを知って「行きたい!」って思っても、即座に「でも疲れてるし行って何になる。行きたくない、興味ない」になっていたり?
欲しいものがあって「可愛い、欲しい」と思っても「私に似合わない、興味ない」になっていたり?
もう何がほんとの気持ちなんだよ君は。って突っ込みが入りそう。
というところまで考えられるようになったのも実は最近で、主に夫との衝突の中から、私が頭が真っ白になったりすることを彼は理解できなくて、何度も何度も対話を重ねてもらって、やっと気づいた私の癖なんです。
夫には大変感謝するけれども、それに毎度付き合わされる夫はすごく消耗しています。
私が自己理解さえしていれば、夫に苦労させずに済むんですが…

先日、とある講演会で「どうあるべきか」が今後の最重要になる、っていう話を聞きました。
知ってる。それ知ってる。
だから苦しいんですよね。
今の私ではそこにたどり着けないから。
自分のことを知らずして、これからどうなりたいか、どうありたいかなんて、考えられるはずがない。
そのためにも自分のことを知っていきたいです。
どうありたいかはわからないけど、生きやすく、できれば楽しく、生きていきたいとは思うから。