いっぽいっぽ日記

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日々シンプルに心地よく過ごすために、やってみたこと、思ったこと。

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【シンプル化・ミニマル化】人は人。私は私。あらためて。

こんにちは、やまたろうです。

最近はSNSやブログを見る頻度が前より減ってきています。
特に何か忙しいわけじゃないんですけどね…例の通り、ホルモンの問題で頭の中だけが忙しいのかもしれない。
あと、体がだるおもでやる気がないのもあります。
いいのです。体に任せます。さからわない。
そのうちやる気も体も回復するでしょう。
(体重も戻ってくれると信じてる…食べ物を増やしていないのにいきなり2キロ太るとかなんの罰…(´;ω;`))




体が思うように動かないときに限って、色々と焦ったり「できない」とうじうじしたり。
必要だから買っているものも、「なんで私は片付もせず買い物ばかりしているの」と落ち込んだり。
インスタグラムで素敵なお部屋を眺めては、外面ばかり整えてモノの積みあがる一角を無視している自分に腹が立つ。
色々と収納を考えだしてみるものの、いやいや、まずは捨てるところからでしょ、ってなって気分が重くなったり。
惑っています。完全に。
「うちはうち、よそはよそ」。
きちんと線引きをせねば、どんどん混乱していらぬネガティブな感情を生み出してしまいます。

そして、うちのなかでも。
旦那さんの、増えていく服・あふれる服が気になる気になる。
それを収納するスペースもない、技量もない自分に悲しくなる。
でも旦那さんは、私から見たら宇宙的な量のモノを記憶し・管理し・使いまわしているから驚く。
使いまわしてるってことは、つまり旦那さんにとって「死んでいるモノ」ってないわけで…
モノの少ないきれいな部屋にあこがれるわたしは、たくさんのものを使いこなしている旦那さんに、なんだか腹が立ってくる。
「減らして!」って言いたいのに、旦那さんにとってはすべて必要だったりするから言えない。

ここで気づく。

私は何を目指していたんだっけ、と。
インスタ映えするスッキリした家なのか?
物の少ない掃除しやすい家なのか?
極限で生きるミニマリストなのか?
人に見られても恥をかかない部屋なのか?

ちがうちがう。
目指しているのは「わたしにとっての心地よい暮らしができる家」
であって、モノの量とか、見た目がいいとか、片付いているとか、そういうのはその副産物で発生するものなのだ。
そして、私が心地いい=家族も気持ちいい、がいいのです。

わたしは、わたしのいいように、わたし以外を管理したがっている。
このことに気が付いていつも怖くなる。

「私は私、人は人」

相手が家族だろうと、わたしと性質が全く違うのだから、同じを求めてはいけない。 同様に、インスタや友達や、そういった人とも私は違うのだから、同じを求めてはいけない。

私の小さなキャパを、旦那さんに当てはめて考えない方がいい。
(たとえば、ポイントカードなんかを、旦那さんは主婦並みに使い分けるが、私は持ちたくないので持ち歩かなくて本当は全部捨てたい、とか)

同様に、旦那さんのくるくる考える頭の構造は、私にはないので、旦那さんが「こうしなよ」というアドバイスが、自分に無理なら無理ときちんと断る。
(しつこくポイントカード。これは、話し合いをもって、最低限以外は、旦那さんが管理することにしてくれた)

洋服についても、まだまだ自分の手に余る数の洋服を棚に上げ、「数」や「見た目」にこだわり、いつの間にか旦那さんに対しても「あんなに持っている…」って不満に思いがちになっていた。
その不満は不当。旦那さんにしてみれば迷惑。だって旦那さんから見れば、数に関係なく全部大好きで、こだわり抜いて、しかも全部着てるもんね。

私が、数は少ないほどいいと思うのは、私が管理できる(考え気にかけることのできる)数がとても少ないから。
管理できる数は人によって違うので、私の基準は私だけに設けることができる基準。
それを忘れがちです。

私は私のものだけと向き合っていればいい。
その辺きちんと落とし込みたいです。

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