いっぽいっぽ日記

いっぽいっぽ日記

日々シンプルに心地よく過ごすために、やってみたこと、思ったこと。

アラフォー&アラフィフ夫婦、上京する。

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桜も散り、新芽も芽吹く季節に、福岡から東京へ引っ越しました。
前々から考えていたことですが、実現しました。
これまで、本当に、本当に色々なことがありましたが、
私たち夫婦は、東京で新たなスタートを切ることにしました。

中年になって上京するなんて、世の中のトレンドに思いっきり逆らっている気がしますが。
やってやれないことはないです。

どうなるかわからない。でも、やらない後悔より、やって後悔した方がいい。
私も夫も、まだまだ落ち着かない人生を送っています。
もしかしたら、一生落ち着かないかもしれない。
それでも、よりよく生きることができるよう、私たちなりにやっていこうと思います。

今後はしばらく、上京するまでのことや、上京してからのことをブログに残して行きたいなと考えています。
(といっても、最近私生活がめまぐるしすぎてブログから遠ざかっていますが…)

今まで、ブログやツイッターを通して交流のある方々に、たくさん相談して、勇気をいただきました。
きっと、ブログをやっていなかったら、私は今東京にいません。
インターネットを通しての出会いは、私の人生に思いもよらない彩りを与えてくれました。
インターネットに、そしてネットを通じて私と縁を築いてくれた人たちに、感謝します。
私もこれから、少しでも誰かと誰かの縁を結んだり、背中を押すお手伝いができたらいいなと思います。

3人以上で行う会話で、ある特定の人としか目線を合わさない人が苦手。

うまく言えないけれど。

久しぶりの更新になります。
現実世界では文字通り激動ですが、それはさておき。
以前から、「うまく言い表せないがモヤモヤを感じる出来事」があり、さっきそれが起こったので忘れないうちに思考を書いておこうと思います。
吐き出させて~!

モヤモヤする対象とは、タイトル通り「3人以上で行う会話で、ある特定の人としか目線を合わさない人」。

本日はっきりと認識しました。
私は上記のような人が苦手です。

私が変なだけかもしれない。
でも、同じように感じる人が、もしかしたらいるかもしれない。
なんでこれが苦手なのかわからない、そういう事例を知っている人、「こんな風に考えて対処しているよ」って人がいたらぜひ、お話を聞かせてほしいです。

会議や日常会話で、3人以上で会話する機会があります。
そのとき、ある人が、特定のだれかとしか視線を合わさず会話します。
それだけだと「ん?」くらいの違和感です。
それが例えばA・B・Cさんがいたとすると、AさんからBさんに会話を投げると、BさんはCさんの方を見て会話を返す、CさんがBさんに会話を投げると、BさんはCさんを見て会話を返す(BさんがAさんを見ることはない)…ということが起こったりすると、私は「んんんんんん????!!」となってしまうのです。
うーん、うまい説明が見つからない。。。
共通の話題で話してるのに、自分の意見を言う時、輪の中みんなの顔を観ず、ある特定の人を見ながら話す人。い、いませんか? 感じませんか?
私は時々それに違和感を感じるので、「そういう話し方をする人が少数」なのではと思っています。
みんなそういう話し方だったら、気にならないはずですよね。
それかあれかな?これって「嫌われてる」のサインなのかな?w

上記のような事が、いいことなのか悪いことなのか、わかりません。
私が苦手なだけで、まったく何も思わない人だっていると思います。
なんで苦手なのか考えてみたんですが、「会話から疎外されたような気がして悲しい」からではないかと思います。
実際に特定の人だけ見て会話をする人がどう思っているかはわかりませんし、その人は(私から見たときは)いつもそうなので、無意識であると思います。
私の受け取り方の問題だと思います。

もともと会話が得意ではなく、話を弾ませることも苦手です。
そんな自分の「盛り上がりに欠ける」感が、ずっとコンプレックスだったのです。
今の私は、昔に比べて「他人からどう見えてるか気にする」ことは減ったと思いますが、なかなかゼロにはなりません。そんな、くすぶっている私のコンプレックスを刺激するのが、上記のようなシチュエーションなんだと思います。自分の問題ですね。
でも、まだ、自分の中でスッキリ解決しません。またその人と話すとき、そういうシーンになったとき、私はまた、このいたたまれない気持ちになるのでしょう。自分の気持ちを言語化して納得させるの、難しい。

逆に、話の輪にいる人間の一人一人の顔を見て話す人に、私は救われていると思います。「承認欲求」「ここにいていいんだよ感」をもらっている気がして(そんなことで一喜一憂するのがいいのか悪いのかは別として)。

そして、じゃあ自分はどういう会話の仕方をしているのか、と考えると、自分のことはもうまったく無意識なので、わかりません…これで自分も「特定の相手しか見ない派」だったらウケますよねw

逆の感じ方の人もいるかもしれないですね。
話し手「大人数でも、会話は基本1対1なのだから、むしろ一人を見ないと失礼」とか。
聞き手「大人数でも、話し手に見つめられている方がうれしい」とか。
周り「誰とはっきり対峙しているかすぐにわかるから、対象の相手をはっきり見ていてくれた方が楽」とか。

ただの会話一つとっても、趣深いです。
ちなみに私の友達は、そこにいる全員を意識して、言い方は誤解があるかもしれませんが、会話に仲間外れを作らずにしゃべる人ばかりです。
私がそっちじゃないと会話に入れないから、そうなりますよねw
楽に会話させてくれる皆様に感謝。

みんながそうなのか、私だけがそう感じるのか。最近気になるナンバーワンです。

何かを読んで、思い出や気持ちが引きずり出される感覚、ちくちくするけど、嫌いじゃない

yamasan0521.hatenablog.com

やまぐちせいこさんのこの記事を読んで、体の中からぽっと湧き出てきた出来事があります。
もう何年も前のことで完全に忘れていたのに、「完全に忘れる」なんてないんですね。

やまぐちさんの伝えたいこととはちょっとずれているような気もしますし、何かうまくまとめられるわけでもありませんが、
ここに書いて自分の気持ちを供養?したいです。
そしてまた記憶の隅に忘れたふりをしていたい。


数年前、ミニマリストを知ったり、ブログを初めてみたりして、心地よい生活やすっきりとした暮らしを目指し始めたころ、とある「生活と思考の整理に関する資格」を取りに行ったことがあります。
初心者講座と、2級講座を受講しました。
2級講座は、私にしては大金の、2万円ほどする講座です。
地方のミニコミ誌に案内が出ていて、何度も何度も悩みながらスルーした結果、やっぱり受けたいと、申し込んだものでした。
当時は(今でも得意ではないですが)人と話をするのがとても苦手でしたし、知らない人ばかりのなかに知らないことを学びに行くことも怖かったのですが、それよりも、「ちょっとでも自分の生活や困りごとをよりよく解決していきたい」という思いが 強かったです。

講座の内容自体はとてもいいものだったと思いますが、そこで少しもやもやしたことが3点ほどありました。
全て、2級講座での出来事です。
1点目は、講師の方が、初級講座にも出ていた私へ「初めまして」とメールしてこられたこと。
2点目は、講師の方が、片付けで超有名なとある方を名指しで批判したこと。自分の家族を見下したような発言をしたこと。
3点目は、受講者の大半が、真剣に受講しているとはあまりと思えなかったこと。

1点目は、まあ、よくあること?なのかもしれませんが。
でも、資格商売=個人事業である講師の方にとって、私(顧客)って、その程度なんだ、とちょっと寂しくなりました。
初級講座は1回あたりの受講者数が4人と、少人数だったので、きっと覚えてくれているだろうと期待してたんだと思います。他にもたくさん講座を持ってらっしゃるようですから、覚えてないのも無理はない…と思いつつ、自分の開いた初心者講座とその次の講座の顧客照会とかやらないんだ…と驚きました。

2点目は、結構びっくりしてしまいました。
私が世間知らずなのかもしれませんが、自分を上げるために誰かのやり方や売り方?を批判するのって、最近じゃあまり見ない手法だと思っていました。ましてや「暮らしのストレスを軽減し、有意義な人生を生きられる人を増やすことを目指して活動している職業」と謳っている資格の講師の方ですから、よもやそういったたとえが出てくるとは思っていなかったので余計インパクトがありました。
ちょっと悲しかったです。私はその有名な方が好きだったし、こういう場ではそういう話よりも明るくポジティブな気持ちになりたいと思っていたからです。
講師の方の話した内容が例え真実でも、この場では聞きたくなかったなと思います。
講師の方の家族のお話しも、片付けのエピソードとしては貴重な話だったし、講師の方のご苦労もすごくわかったのですが、それを語る言葉の端々に、「できない家族」を「ダメな人」として見ているのかも?と感じてしまいました。

3点目は、これも思い出したらなんともいえないちょっと寂しい気持ちになるのですが…
平日の昼間っていう、会社員にとっては結構ハードルの高い時間帯に行われた講座だからだと思いますが… 講座を受けていたのはほとんどが子供を持つ主婦の方でした。
それも、2~3人のグループで受けに来ている方が結構いました。
お昼休みや、グループ学習の時に会話を聞いていたんですが、割と「暇つぶし」「話題だから」「買い物できるから(会場がデパート)」といった軽いノリの方ばかりだったのです。
え、2万円ですよ?そんな額払って「都会へお友達とお出かけ」しにくるついでなんですか????
会社を休んで、悩みに悩んで受講した私とギャップがありすぎて本当にびっくりです。
お昼休みになったらみんなして一斉に「北海道物産展」で高級なお弁当を買ってくるようなところで、「どうしていかないの?」と不思議な目で見られる私(笑)。
グループワークで同じチームになったママさんたちも知り合い同士だったみたいで、課題の話は盛り上がらず、発表の際は「あなたこういうの好きそうじゃん」ということで一任されました。
なんだかとてつもなく悲しくなると同時に、「あ、世間って、女同士って、こういうもんだったかも」と、悟りにも似た気持ちになったのでした。


書いてびっくり、ぜんぜんやまぐちさんの記事の内容とは関係ないただのトホホ話になってしまいましたがせっかくなので残します。
「【敵】というコンテンツ」「一定数そういう人がいる・・・ということを知っているだけでも、悩みが1つ減ります。あなたの問題ではありません。悩むだけ時間と人生の無駄ですので、そんな関係は早々に手放してしまいましょう。」などなどの言葉が、私の忘れていた、けれど確実にこびりついたままになっている、その時の失望感とか悲しさとか寂しさとかにブスリとつきささり、掘り起こされたのだと思います。
こんな風に時々、書かれた記事に自分でも忘れていた思い出や気持ちが引きずり出される感覚、ちくちくするけど、嫌いじゃないです。
ブログを読んでいると、他のメディアや記事を読んでいるより高確率で「ささる」文章に出会えます。

余談ですが、試験には合格し一応2級を持っていることになります。
あれだけ悩んで受講して憧れた資格ですが、取ったことすら忘れていました(笑)。
資格が悪いということではありません。ただ付随する思い出ごと、手放せる程度のものだったんですよね。

簡単常備菜!春菊の粉チーズ和え

冬のお野菜、春菊、とても好きです。
子供の頃は苦手でした。

大人になるとだんだん好きになりました。
大人になると何で、癖のあるものが好きになっていくんでしょうね。
あと、ご飯のおかずにならないものも好きになって来ました。おでんとか。

春菊はお鍋に入れるばっかりだったので、ほかに何か作れないかなあとレシピを検索したところ、
「粉チーズ和え」のレシピを発見しました。

春菊の粉チーズ和えを作ってみた

参考にしたレシピはこちら↓
www.lettuceclub.net

調理時間5分。
常備菜として良さそう!
早速作ってみました。

春菊茹でたら切ってあえてあっという間に完成です。

生姜と粉チーズ??と思いましたが美味しかったです〜
2束分作ったので、残りは常備菜にしました。

春菊の栄養素

せっかくなので栄養素も調べてお得感を感じながら食べたい。
簡単ですが以下にまとめておきます。

・ベータカロテン
含有量はほうれん草以上!
抗発ガン作用
体内でビタミンAになり、髪や皮膚、粘膜を正常に保ち、視力を維持し、免疫アップ

・ミネラル
カリウム:高血圧予防
鉄:貧血予防
カルシウム:骨を丈夫にする

カリウム
高血圧の予防に効果がある

なにやらすごく体に良さそうです。
美味しく食べて栄養満点、春菊、だ〜〜〜〜いすき!!(ハ○キルーペ風に)

お正月だけ食べるにはもったいない!普段も食べよう、栄養満点の博多雑煮

博多のお雑煮を初めて見たときはびっくりしました。
お椀からはみ出んばかりの具…というかお椀自体おおきい…
私の実家では、お吸い物の中に小さな丸餅など少量の具が入ったシンプルなもので、あくまで「サブ」の食べ物でしたが、 博多雑煮は具がたくさんで、これ一つでおなか一杯になるほど。

毎年義母が作ってくれていましたが、近年は認知症で作れなくなってしまったので、そこからは自分で作っています。

ほぼ日、1月1日のページに、お雑煮の具などを覚え書き。

これだけの材料を使う博多雑煮。
毎年、お正月だけ食べていたけれど、これ、冬の糖質制限にピッタリなメニューなのでは?と気づきました。

野菜もタンパク質もしっかり摂れておなかいっぱいであったかい。
ただし以下の食材に注意です。

・もち
お餅は焼いた後汁に浸してお椀に盛り付けます。
美味しいんですが、糖質的にはNGな食材!
日常的に食べるなら、お餅は抜くか、極小にします。

・里芋
イモ類も糖質が高め。小ぶりなものをひとかけらにします。

・ニンジン
ニンジンも糖質高め。でも彩りがとてもよくなるので、ひとかけら入れます。

気を付ける順番は、
お餅 > 里芋 > ニンジン
です。

ぶりやかしわ(鶏肉)も、両方入れなくてもどちらか入っているだけでダシが出ておいしい~

1番の入手困難食材は「かつお菜」でしょうか。
博多雑煮には欠かせない一品。
一説では、「魚の鰹のようにだしが出る」からかつお菜、なんだとか。苦みがなくとってもおいしい葉野菜です。
ただしシーズンでなければ福岡さえあまり売っていないかも。
見つけたら多めに買っておき、下茹でして小分け・冷凍しておきます。
(義理の母も当日にすべてを作るのではなく、だいたいの食材を下茹で・冷凍保存していた)
青菜で代用できると思います。小松菜や春菊、ほうれん草を添えると見た目もあざやかに。

お鍋に飽きたら、ぜひぜひおすすめ、博多雑煮です。

2019年 年初めのマインドマップとやりたいことリスト100

明けましておめでとうございます。
今年もマイペースにブログを更新していきたいと思ってます。

今年初めてほぼ日手帳を書いてみることにしました。
買ってからあれこれ悩んでいたのですが、優柔不断な上に気軽に路線変更してしまう性格なので、とりあえずその時思いついたように、統一性とか継続とか気にせず書いてみようと思います。
続くかなんてわからないけど、新しいことを始めるのはいくつになってもワクワクします。

元旦に、マインドマップとやりたいことリスト100を書いてみました。
純粋に楽しかったです。

マインドマップ


書き始めるまでくよくよ悩んでましたが、考えるのが苦手なので「どうにかなるやろ!」と書き始めたらスラスラ広がっていきました。
大きく分けると
・環境を変えたい
・快適に暮らしたい
・絵を描きたい
・ワクワクしたい
こんな感じで各枝広がっていきました。
絵を描きたい描きたい言うばっかりでめんどくさくて結局あんまり描かないんですけどもうずっと常に子供の頃からこの想いは脳内にこびりついて離れないので今年は脳のためにも解放してあげたい気分です。
ほぼ日が絵を気軽に楽しめるキッカケになればという願いもあります。
昨年から明らかに変わったのは「環境を変えたい」という枝があることでしょう。
めんどくさがりだし環境には保守的な方ですが、今年は一大決心して大きく転換したいと思っています。
しいたけ占い牡羊座の今年上半期のメッセージがまさにそのような星回りを示しているようで、びっくりしています。
また、昨年初めはどん底QOLが著しく低下していましたが、大きなつながりをばっさばっさ切ったことでメンタルが回復して「楽しみたい」「快適に暮らしたい」欲が湧いてきました。よかった。

やりたいことリスト100

マインドマップを見ながら、隣に「やりたいことリスト」を書いてみました。
こちらも、なんか小分類を決めて書き出そうかと思ったんですが、下書きしてたらこれまたあれこれ悩みだしたので、えいやーっとその時の勢いだけで始めました(だから行数がギュウギュウになって出だしの番号が24…計画性欲しい)。
100も出るのか?と思っていましたが全然出ました。
これはまあ、この瞬間の気持ちであって、すでにやらなくてもいいやってやつとか、追加したいこととか出始めてます笑。
書くのを楽しめたので、この先はあまり気にせず、気持ちの持続したものだけをやって行きたいです。
叶えることが目的、というより、この時の頭の中の記録と、振り返りのフックとしての役割という風に捉えています。せっかくほぼ日買ったし、頭の中を何でも残すことに重点を置きたいです。

こんな感じです。
すでに今年も一週間が経とうとしていますが、ダラダラして何の気負いもありません…
私の正月休みは明日で終わります。
最近私は休日に必ずお腹を壊すので、規則正しい会社員生活が、少し、ほんのすこぉぉぉし、待ち遠しくもあります。

忙しいのはダメ、絶対。忙しくなくなるまで、やることは絞るべきでした

最強に忙しかった今年5月~9月の仕事データを再度目にする時期になっています。

これがまあ…
しっちゃかめっちゃかです。
いえ、仕事の成果物がではなく、その後のデータの整理整頓が、です。

上司との振り返りでも、
「今年は(他の仕事が突如入ったのに)どうやったの?」と聞かれて
「記憶にありません」と答えたくらいですから当時の私は誰がどう見ても正気ではなかったと思います。

何が言いたいかっていうと、もうほんとに、「忙しいのはダメ!!!」です!
未来の自分が苦労します。
どうやってこの結論までたどり着いたかの履歴も整理されていないし、
どの仕事にどのくらいの時間を割いたのかもあいまいだし(作業時間はわかるけど、たぶん色々なものを端折ってて適正な時間データではない)、
次に向けての気づきや課題もおそらくあったはずなのに、やる事が多すぎてメモとらないまま忘れちゃってる。
何か…何か思ったはずなのに、という感覚だけが思い出されたときのモヤモヤは辛いです。

時間的にはオーバーワークではないんです。残業もそんなにしていないし。
ただそれは、その仕事に消費していい時間が厳しく決まっていたし、初めての案件で先の見えない中がむしゃらに集中したから。
あー、こんなことになるなら、多少オーバーしてももう少しゆとりを持って進めるべきだったと、反省しています。

最中にとらわれすぎて、後々のことを考えられないのは、社会人としてダメ…というかわたし自身が、なんか仕事が美しくなくて嫌です。(いやそんな特に華麗な仕事をしているわけじゃなくてひたすら地味な仕事なんですけど、そんな地味な中にも筋は通したいというか…めんどくさいな私)

一番苦手なことなんですけど、仕事は自分が忙しくないと感じるまで、周りに投げないとダメですね。
抱え込むのが簡単だし話が早いし、結局その時一番楽なんです。
でもそれだと後が悲惨。
めんどくさくても、心配でも、適切に人を巻き込んだ方がいいと思いました。


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